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静岡地方裁判所沼津支部 平成元年(む)72号 決定

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告の申立の趣旨及び理由は申立人作成の準抗告申立書及び各準抗告申立書補充書記載のとおりであるから、これらを引用する。

よって一件記録にもとづいて検討するに、申立人は昭和六三年一二月九日静岡地方検察庁沼津支部保管検察官に対し、被告人A(以下被告人という)に対する静岡地方裁判所沼津支部昭和六三年(わ)第二八三号特別公務員陵虐被告事件(以下本件確定事件という)の記録(以下本件確定事件記録という)について警察署留置場における被拘禁者特に女性被拘禁者の処遇及びその実態とそれに対する世人の反応や意見を調査し、記事、論説としてまとめ月刊誌等に発表するため閲覧請求をしたところ、右保管検察官は同日刑事訴訟確定記録法(以下記録法という)四条二項三号ないし五号に該当するとして、右閲覧請求を許さない旨の処分をし、そのころ申立人に通知した。

ところで申立人は、記録法四条二項三号及び五号の規定は国民の知る権利として国の保持する資料、情報等の開示を請求することのできる具体的情報等開示請求権を保障した憲法二一条、裁判の公開を保障した同法八二条に違反するし、これらの憲法規範の趣旨をも没却するものであり、また、右は権利制限規定としてその文言が曖昧であり、その制限範囲が不明確でありいずれにしても憲法に違反するものであると主張する。

なるほど憲法二一条の規定は表現の自由を保障している。そして各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことはその者が個人として自己の思想及び人格を形成発展させ社会生活の中にこれを反映させていくうえに欠くことのできないものであり、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あらしむるためにも必要であってこのような情報に接し、これを摂取する自由は右規定の趣旨及び目的からその派生原理として当然に導かれるところであり、そして民主々義社会においては国民が国政上の知識を持たなければ成り立たないことはいうまでもない。

しかし、憲法は九一条で国政に関する報告を、同五七条で両議院の会議を公開し、その記録を公表し、かつ、一般に頒布することと定め、同法八二条は裁判の公開を規定しているが、他に明文をもって積極的に国の保持する情報等の開示を請求することのできる具体的情報開示請求権を定めた規定はないし、同法二一条は国の保持する資料及び情報等の開示について触れるところはないし、いかに民主々義政治の実効を帰するため必要であるからとて同法二一条が他の利益を無視してまで情報開示請求権を保障しているものと解することは難しく、同法八二条の規定も裁判の公開を制度として保障しているのであり、公開裁判を国民各自に対し具体的請求権として保障しているものではないばかりか、確定事件記録の公開について何等触れるところはないのであり、確定事件記録をいかに開示するかは立法政策の問題であり、法律に委ねられた事項であり、記録法が確定記録の閲覧について制限規定を設けたからとてそれがただちに憲法二一条、八二条の各規定に違反することになる筋合はない。

しかしながら、確定記録の開示について法律をもってすればいかなる制限も許されるものと解すべきではなく、憲法の基本原理や各条項の趣旨を全く無視するような立法の許されないことはいうまでもない。

しかるところ、刑事訴訟法五三条は憲法八二条の規定の趣旨を受けて一定の制限のもとに各個の国民に対し、確定事件記録の閲覧を認め、記録法はこれを受けて刑事訴訟法五三条の抽象的な制限規定を具体的に列挙することによりこれを明確化し、保管検察官の閲覧不許可処分に対し、不服申立権を認め、確定事件記録の閲覧を国民各自の具体的権利として認めているのであり、これらはいずれも合理的なものであってこれが憲法の基本原理や各規定の趣旨を没却するようなものではないし、また刑事訴訟法の規定と記録法の規定が互に矛盾しているとか、これを改悪したものでないことは明らかである。

そして確定記録法四条二項三号は、それが犯罪を助長したり誘発するおそれのある場合、行政目的を喪失させるおそれがある場合又は一般的社会道義特に性的風俗を害するおそれのある場合等社会公共の一般的利益を害することとなるおそれのある場合を指し、同五号が確定事件記録に表われた人の社会的公共に関係しない客観的名誉、または他人に知られたくない事柄を開示されることにより生活上著しい支障のある場合を指すものであることは明らかであるばかりか、刑事訴訟法五三条二項及び記録法四条二項但書の規定はこれらの制限事由に該当する場合であっても正当の事由ある場合には閲覧を制限できない旨定め、申立人の閲覧の目的、必要性等閲覧を求める者の側の事情と閲覧を制限していることにより保護される利益の種類、侵害のおそれ、その程度、弊害の有無・程度、その他の事情を比較衡量し、閲覧が禁止された趣旨にかんがみてもなお閲覧の弊害を超えて閲覧を相当とする合理的な理由がある場合には閲覧を制限することができないと規定しているのであって右の制限規定の文言が曖昧であり不明確なものであるとか過度に広汎性を有する権利制限規定であるということはできない。

そして本件確定事件の要旨は、警察署留置場に、法令により拘禁されている者を看守する職務に従事していた警察官が法令により拘禁されていた女性二人に対し、警察署留置場内において数回にわたり陵虐の行為をしたというものである。

ところで申立人は本件確定事件は憲法八二条二項但書の規定する同法三章で保障する国民の権利が問題となっている事件であると主張するが右にいう国民の権利が問題になっている事件とは同法三章が保障する国民の権利に対し、法律が制限を加えており、その制限に違反したことが犯罪として問責されている事件をいうのであって本件確定事件の要旨は前示のとおりであってこれに当らないことは明らかである。

そこで記録法四条二項三号ないし五号該当の有無について判断する。

本件確定事件記録中別紙第一目録一記載の各書類には犯行にいたる経緯、犯行の手段・方法・その態様、被告人と被害者らとの間の各心理状態、犯罪事実等が一体となって記載されており犯罪の手段・方法・態様の記載は猥せつな行為を具体的詳細に記述したものであり、公の秩序善良の風俗を害するおそれのあるものであるばかりでなく、事案の性質上被害者らの名誉及び生活の平穏を著しく害するものとなるおそれがあり、記録法四条二項三号、五号に該当し、同目録二記載の書類には被告人の身上、家族関係、被害者らの拘禁関係、警察署留置場における看守体制、被告人の犯行にいたる経緯、手口・方法・態様等が密接に関連して記載されており、被告人の身上、家族関係及び犯行にいたる経緯については被告人とその親族の身分及び生活関係、親族の生活歴及び生活状況・病歴(精神病を含む)についての記載であり被告人の親族の名誉及び生活の平穏を著しく害するおそれのあるものであり、犯罪の手口・方法・態様についての記載は猥せつ行為について具体的詳細に記載されており、善良の風俗を害することとなるおそれのあるものであり、かつ被害者の名誉及び生活の平穏を著しく害することになるおそれのあるものであり、看守体制については現実的、かつ、具体的な看守の人員配置、看守の方法及びその態様等看守体制及び態様についての記載であり、これが一般に開示されると司法制度における拘禁の目的を阻害する高度の蓋然性のあるものであって、公の秩序を害することになるおそれのあるものであり記録法四条二項三号・五号に該当し、同目録三記載の各書類には被告人とその親族の身分及び生活関係、親族の生活歴及び生活状況・病歴(精神病を含む)、被告人夫婦の性生活について記載されており前同様記録法四条二項五号に該当し、同目録四記載の書類には供述者の私的生活関係及び拘禁中の被害者との関係が不可分的に記載されており、供述者の生活関係については同人の名誉及び生活の平穏を著しく害することとなるおそれのあるものであり記録法四条二項五号に該当し、同目録五記載の書類には警察署留置場の位置、間取、構造、看守に要する附帯設備、看守の人員配置、その配置場所、看守の方法等看守の設備・体制・態様についての記載またはそれらと被告人の勤務状態が一体となって記載されており、司法制度における拘禁の目的を阻害する高度の蓋然性があるものであり、公の秩序を害することとなるおそれがあるものであって、記録法四条二項三号に該当する。

そこで正当事由の有無について判断する。

申立人は自由な立場にあって報道機関の一員として国政及び社会問題等について調査し、それを記事・論説として月刊誌等に発表しているものであるところ、警察署留置場に拘禁されている女性の実態とこれに対する一般人及び識者の意見及び反応を調査し、それらの事実及び論説を月刊誌等に発表する資料蒐集のため本件確定事件記録の閲覧を請求したものであり、右閲覧請求は本件確定事件終結後三か月を経ないでなされたものであり申立人は閲覧して知り得た事実について被害者等関係人の名誉または生活の平穏を害することとならないよう関係人の氏名を匿名にするなどしてこれらに充分配慮する旨誓っており、本件確定事件が現職の公務員である警察官による職務中の犯罪であり、本件確定事件が公開禁止されることなく公開の法廷で審理裁判されたものであることが認められるが、これらの事実をもってしても申立人が本件確定事件記録を閲覧することにより得られる利益が前記国家・社会及び関係人らの損なわれる利益に比し優越しているものといえず、記録法四条二項但書にいう正当事由あるものと認めることは困難である。

なお申立人は本件確定事件を審理裁判した裁判所(以下本案裁判所という)が公の秩序又は善良の風俗に反しないとして公開の法廷で審理裁判した場合はその記録閲覧について公の秩序又は善良の風俗に反することはないし本件確定記録はすでにすべて公開の法廷で開示されたものであり確定記録を閲覧させることにより関係人の名誉又は生活の平穏を害することとなることはないと主張する。

なるほど憲法八二条二項本文の規定と記録法四条二項三号の規定の文言は同じであり、本件確定事件が公開の法廷で審理裁判されたものであることは前示のとおりである。

しかしながら裁判の公開は憲法の要請するところであるが、確定事件記録の開示は立法政策の問題であって法律に委ねられた事項であり確定事件記録の閲覧についての制限事由として記録法は同法四条二項一号に公開禁止したものを掲げる外に同三号で公の秩序又は善良の風俗を害することとなるおそれを掲げているのであり、裁判の公開禁止と確定記録不開示との目的・性格・開示方法及び開示時点の差異にかんがみると裁判時に裁判の公開を禁止するにいたらないものであっても確定記録を閲覧させることにより公の秩序又は善良の風俗を害することとなるおそれは生じることがあるのであって裁判が公開の法廷で行われたからといって確定事件記録を必ず開示しなければならない筋合のものではないし、裁判が公開の法廷でなされ訴訟記録が開示されたからとて関係人の名誉が低下することはないといえないし、また、関係人に関する事項が公知の事実になったともいえない。

よって本件準抗告は本件確定記録のうち別紙第一目録記載の各書類について理由がない。また、申立人は本件確定記録のうちその余の各書類については保管検察官により閲覧を許可されその機会を与えられて何時にても閲覧することができる状態にあるので現時点においてはもはや法律上の利益を欠き不適法である。

よって記録法八条、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 服部金吉)

〈以下省略〉

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